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高石ともや と いがりまさし

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11月7日(日)に浜名湖フォークピクニックが開催されます。チケット購入フォーム

The1212も出演しますが、ゲストは高石ともやさん。日本のフォークソングの黎明期に、「受験生ブルース」や「想い出の赤いヤッケ」などを歌っていた、フォークの大御所として知られた方です。
実は、いがりまさしは、高校生時代、この高石ともやさんの影響をとても大きく受けたのでした。ちょっとその人となりというか、音楽活動の一端をご紹介します。

フォークの源流を求めて
ともやさんは、「受験生ブルース」などのヒットのあと、単身アメリカにわたります。フォークシンガーとして名を成したものの、マスコミに乗ってゆく自分の音楽になにか疑問を感じていたのでしょうか?そこで、素朴で力強く、そして明るいアメリカ南部の伝承音楽に出会います。ほとんどがコード3つだけの簡単な楽曲ですが、これぞフォークの源流、歌の真髄といった、ともやさんにとっては運命とも言える出会いでした。

帰国後、当時20歳になるかならないかのバンジョー奏者、城田じゅんじや、「花嫁」の作者として有名だった、坂庭しょうごなどと、「高石ともやとザ・ナターシャセブン」を結成して音楽活動を再開します。このころは「フィールドフォーク」を旗印にしていた中津川の我夢土座(カムトゲザ)とのコラボレーションも多く、アメリカの古い音楽以外に、日本民謡や我夢土座のオリジナルソングなどをよく歌っていました。

活動全体に一貫していえるのは、人間にとって歌はどういうものか?という問いかけに満ちているところです。

ともやさんの住む名田庄村へ
当時のともやさんは、福井県若狭の寒村、名田庄村の廃校になった小学校を借りて住んでいました。高校2年のとき、この名田庄村を訪ねることを思い立ちました。ちょうど、夏休みに中津川でナターシャセブンが中心になって、杉田二郎やダウンタウンブギウギバンドなどが出る「いこまいか・糀の湖フェスティバル」(確かこんな名前だったと思います)が開かれることになっていたので、これに参加して、そのあと、木曽福島から高山に抜け、九頭竜、福井経由で、名田庄村に行くことにしました。
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糀の湖は70年代にフォークジャンボリーが開かれていたフォークの聖地


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「いこまいかフェスティバル」での、ザ・ナターシャセブン(左から城田じゅんじ、高石ともや、木田たかすけ、坂庭しょうご)


あ、言い忘れましたが、乗り物は自転車です。3週間近くの行程だったと思います。

奥名田小学校
これが、ともやさんの住んでいた小学校の名前です。残念ながら、ともやさんは留守でした。隣の公民館でお祭りの準備かなんかをしている人が、「京都に行っていて何日か帰ってこないよ」と教えてくれました。
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こんな学校でした。自転車は私が乗ってきたものです。

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窓から子猫がのぞいていました。

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ともやさんのものと思しき自転車。のちにともやさんはトライアスロンの選手としても活躍します。

107ソングブック
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ナターシャセブンの活動の中で特筆すべきものに「107ソングブック」があります。主に、アメリカの古い歌に日本語訳をつけて楽譜にしたものですが、日本の伝承音楽の章やオリジナルソングの章もあります。
先にも書いたように、なにより「人間にとって歌とは何か」という問いかけに満ち溢れているのが、この107ソングブックの素敵なところです。いくつかともやさんの言葉から印象に残るものを拾ってみます。

「ギターがうまくなるにはギターがなにより好きになること。ギターがうまくなったら、今度はそれを聴いてくれる人、人間を何より好きになることです」(裏表紙)

「こんな解説があっても歌は唄う人のものです。解説にふりまわされることなく唄う人の解釈に従って軽い恋の歌にでも、女のうらみをこめた歌にでも、単にギターの練習曲にでも、いかようにも演奏できるものです。そして、いい歌はどんな使われ方をしてもそれに充分耐えられるものです」(アメリカ民謡「今宵恋に泣く」解説)

「1970年夏から秋まで、昼間はいつもギターかついで裏山のお不動さんの谷で大声を上げて練習していた。夕方ひとり部落へ戻る細道の最初の家はおばあさんのひとりぐらし、そこで腰かけてお茶を一杯いただくのもぼくの日課のひとつ。そしていつもその時刻に”おばあちゃんお風呂がわきました”ととなりにのおばあさんが迎えにやってくる。
”いつも日暮れにむかえに行くのさ”この詞はこの二人のためにあるように思えたものです。ケンタッキー生まれの歌も英語で唄えばケンタッキーの風景が目に浮かぶのだろうがちょっとでも訳して自分の言葉にしてしまうと、アメリカ南部の歌うたっても自分の住む若狭の村の情景がまずうかんで、更にその奥にケンタッキーもこんな暮らしかしらんと、歌の原形がしのばれるのです」(アメリカ民謡「私を待つ人がいる」の解説)

「この曲をレコードで聴いたというより、山小屋で誰かが歌っていたのを憶えたとか、「先生が卒業式で唄ってくれた歌です」、と聞くとうれしくなるのです。人々の口伝えで広がり生きつづけるなんてどんなにか幸せな歌なんだろう」(「いつか耳できいておぼえた曲」)

「確かに彼のギターは盲目と感じさせない高度のテクニックが備わっていて、ブラック・マウンテン・ラグのスリリングなピッキングワークなど我を忘れて拍手していたものだ。それでもテクニックだけが残らないのは人間の暖かさなのだろう。人を信頼している人なんだなあ。”テクニックに頼る音楽は空しいですよ”といえるほど上手になりたい。しかし、やっぱりすてきな人間があってその上テクニックが生きているほうが、テクニックに人間がのっかっているより自然だと思うのです。(「ブラック・マウンテン・ラグ」解説)

のちに、このソングブックはシリーズもののレコードになり、レコード対象の企画賞かなんかを受賞しています。

私のソングブックは、いこまいかフェスの時に買ったもので、しばらく自転車で持ち歩いていたためもあってぼろぼろですが、今も現役です。

フォークピクニックでのThe1212
フォークピクニックではThe1212は25分ほどの演奏時間です。いつものオリジナルのほか、ともやさんのオリジナルを歌おうかと計画中です。会場の、浜名湖ガーデンパークは、浜名湖FJでも演奏しましたが、音響的にも一流でとても気持ちのよいステージです。野外ステージながら、客席にも屋根があり、雨天でも快適です。ぜひ、お出かけください。

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すごい!

maticさんこんばんは。
解説読んで感心しました。解説だけなら本を読めば誰にでも出来るけどmaticさんは行動と経験の裏打ちがあるから説得力がありますね。大学生時代「かむとげざ(漢字が思い出せない)」のさよなら三角また来て四角」をよく歌ってました。懐かしいです。すっかり忘れてました。学生当時僕はほとんどナターシャセブンを聞きませんでした。「街」で皆さんに教えてもらい初めて楽譜を作ってやるようになりました。今は坂庭省吾の歌が気に入ってます。
 それと、ユーチューブの中で「恋におちて」がビジュアル的にも特に気に入ってます。アイホンでしっかり聞いてますよ! 

No title

フクちゃんさん、ありがとうございます。
最近、街でなかなかバンジョーの音が聴こえないのがさびしいです。
この記事の写真を探していたら、いろいろと昔の音楽活動中の写真が出てきましたが、なんとギターを持っているより、マンドリンを持っているほうが多いくらいです。でも、いまやマンドリンのコードはほとんど思い出せません^^;
「恋におちて」はThe1212の初PVで、ずいぶん気合を入れて撮影しました。早くオリジナルでもこのような映像を撮りたいと思っています。
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